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9話 譲られた刃と、異世界の幕営

Auteur: みみっく
last update Date de publication: 2026-03-17 16:37:10

 ユウは、腰のポーチに手を当てた。そこはゲームで言うところのアイテムボックスに繋がっている場所だ。彼は、その仮想の収納庫から、適当なナイフを一つ取り出した。

「はい、これ」

 ユウはミユにそのナイフを差し出した。ミユが両手でそれを受け取った瞬間、琥珀色の瞳が大きく見開かれた。

「わぁっ、これ……高そうな……ナイフですね……」

 ミユの声には、はっきりとした驚きと、わずかな畏れが含まれていた。ナイフの刀身は、ユウが倒したワイルドボアの返り血で汚れていないにもかかわらず、鈍くも鋭くも輝いていた。

 それは、ユウがオンラインゲーム内で素材採取用として入手した、質の高い道具だったが、ユウ自身は剣と魔法を使うため、そのナイフがどれほどの価値を持つのか、どこで入手したのかさえも覚えていなかった。ただアイテムボックスに入っていたというだけの代物だった。

「……その辺に売ってるんじゃないのか?」

 ユウの呑気な言葉に、ミユはナイフから顔を上げて目を丸くした。彼女は再びナイフを目を輝かせながら眺めていた。

「え? あ、知らないですよぅ……わたし、武器なんて買わないですから。きれいなナイフだなぁ……って、思っただけですよ」

(そんなに目を輝かせるほどの物なのか……)

 ユウはミユの反応を見て、このナイフが単なる道具以上の価値を持つことを理解した。そして、この後しばらく、ミユと一緒にいることになるだろう。

(解体や料理を頼むんだ。報酬は必要だろうし、このナイフがちょうどいいか……)

「これから、料理や解体をお願いすると思うから……その報酬ってことでナイフをもらってくれるか?」

 ユウは少しぶっきらぼうにそう提案した。

 ミユは差し出されたナイフを大事そうに握りしめ、ユウの顔を見て激しく動揺した。

「えぇ!? いや、え!? 解体に料理で……こんな高価な物を頂けませんって! しかも料理までごちそうになるんですよ!?」

 彼女は慌てて首を横に振った。報酬どころか、自分がユウに迷惑をかけていると感じているようだった。

 ユウは、そんなミユの律儀さが可愛らしく、少しだけ意地悪な言い方を選んだ。

「……交渉決裂ってことか?」

 ユウが少しだけ残念そうな表情を浮かべると、ミユの瞳は揺れた後、一転して明るいものに変わった。彼女はすぐに意図を理解し、満面の笑みを浮かべた。

「へ!? ……にへへ♪ 喜んで頂きますよぉ!」

 ミユは顔を綻ばせ、ナイフを胸に抱くようにして頷いた。ユウは、彼女の純粋な喜びの表情を見て、この異世界での生活が、以前の孤独な日々よりもずっと温かく、満たされたものになるだろうと確信した。

「んっしょ……えいっ! んっっ!」

 ユウから貰ったばかりのナイフを手に、ミユはワイルドボアの巨大な死骸に挑み始めた。彼女は小さな体を屈伸させ、体重をかけながら、魔獣の分厚い皮に刃を入れようと奮闘している。額にはうっすらと汗が滲み、その表情は真剣そのものだ。

 ワイルドボアの皮は予想以上に堅いらしく、ミユの華奢な力ではなかなか刃が通らない。

「大丈夫か?」

 ユウが心配そうに声をかけると、ミユは一度手を止めて、笑顔で振り返った。

「大丈夫ですよ、皮が堅いだけですから。肉はスルスルって切れますー♪」

 彼女はそう言って、再び作業に戻った。そのワイルドボアの体はあまりにも巨大で、ミユはまるで小動物が岩を削るように、その背によじ登りながら解体を進めていた。

 ユウは、その解体作業を見守りながら、ふと考える。

(これだけデカいと、肉が大量に残るな。残った肉はアイテムボックスに入れておけば、ゲームと同じで劣化はしないだろ)

 ミユが懸命に解体を進めている間、ユウは手持ち無沙汰になり、アイテムボックスの中を覗き見ていた。そこには、過去の自分が集めた様々なアイテムが、時間停止されたようにそのまま収まっている。

 視線を走らせると、ユウは一つのアイテムに目が留まった。それは、ゲーム内では体力と魔力を回復させるために使っていた、アイコン上のテントの画像だった。

(テントって回復アイテムだったが……これをこの世界で使うと、キャンプできるようなテントになるのか? それとも、使用するとただ体力と魔力を回復するだけの効果になるのか?)

 好奇心に勝てず、ユウは試しにアイテムボックスからそのテントを取り出してみた。

 シュッ、という空気の抜けるような音と共に、ユウの手元には、ゲームのアイコンではなく、現実に4人用のしっかりとしたキャンプ用テントが出現した。防水加工が施された丈夫な布地で、地面に置くと、あっという間に形状を保った。

(へぇ……泊まれるな。それに、このテントはゲーム内で結界の機能もあったはずだ。これがあれば、夜間に魔獣に襲われる心配もないしな)

 ユウの胸に、一泊のキャンプという新しい選択肢が浮かび上がった。彼はミユの解体作業を邪魔しないよう、少し離れた場所で声をかけた。

「ミユ! 今日は、そろそろ日も落ちて来るし……帰らないと不味いよな?」

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